櫻咲きblog

本来の動物らしい生き方を願って

今からでも

 今回は 動物の事では ないのだが

常々 気に掛かること

 

廃棄するばかりの 

プラスティック容器や それら素材の

おびただしい量について

思うことである

 

一時期 一般家庭の何故か ビニール袋だけが

やり玉という言い方は変か

大臣や国のパフォーマンス的要素を強く

感じた有料化であったが

結局 今や 常識・日常化され 

国としては やった感があるのかしれないが

 

その量は 相対的に減るどころか

販売用に スーパーや量販店に

サイズ様々 豊富に陳列され

個人も ゴミ袋用に 購入して行く

レジでは 扱われ数は減ったが

結局 売り場には 大量に仕入れて置かれ

家庭でも 以前以上にストックされて

いるだけであり 実際 減った感覚は薄い

 

取って変わった 現行の

エコバッグという体裁は良いが 

ナイロンや その他素材を原材料とし

売り手視点や 利用者好みの見た目や

機能性など 今までになく 工夫され

様々な 買い物袋や手提げバッグが 

多くの企業より発売され あらゆる店頭にて

見掛けるようになった  

それは 今までの 薄っぺらなビニール袋

と異なり 厚手布や 保冷機能のある裏地付

ほか 止め口に紐や 金属のボタンが

付いていたりもあり 丸々 簡単な

燃えるゴミでは出せそうになく

いづれ来る廃棄時には どのように処分するか

一旦考えることになりそうである

かえってゴミの分別作業が増えたり 

大きさ自体が 重ばったりする印象と

思うのは 私だけだろうか

 

 

 

ある報道では

廃棄で 処分する際の 

CO2の発生量の排出量について言えば

エコバッグしかり

最近 あらゆる場面で 登場している

マイボトルや箸やスプーン類

それらは 生産時にも CO2からの側面で

言えば 大量に発生しており

元々の使い捨て品の比でない事は

明白であると言う

 

例えば コーヒーショップにて 持参の水筒類

何回分使用すれば その 生産工程及び

最終的に 処分もしくは

リサイクルしたとして どうしても排出される

CO2において 以前使用された カップなどの

それらを 下回り エコに繋がるかは

現在 販売、取扱業者の算出や研究結果を

見ると 例えば 何百回など 相当回使って

やっと トントンであり

又 廃棄する際は 燃えるゴミでなく

その他 埋め立てゴミなどの場所の確保や

維持などと これまた別の 懸案事項を伴う

 

それ以外でも 

コーヒーなどのテイクアウト店が 

飲料容器を 返却制にし きちっと洗浄し 

使い回すシステム

にしても 結果 それらを 回収する車や

人の配置、ガソリン使用 排気ガス等々

基より 水や洗剤の使用 勿論

人でなく 洗浄機なら 別途 電気使用などと

あらゆる点で 今までにない エネルギー使用

や 排出物を いづれにしても伴うことは

必至であり

先程の関連企業も それらの 代替品数などの

プラスマイナスの 単純な比較でない 

実際の作業数値なども含んだ数値を

見るべきであり 環境への負荷は 

産み出す際や 処分する際まで

トータルに考察し 何がベストかは

今後 研究考察は 必要不可欠と

述べていた

 

単純に エコ〇〇の品物を 所有.使用すれば

環境問題や 今のSDGsに 寄与していると

合点するには 浅はかなのである

 

 

過去  賛否あった 有料のビニール袋であるが 粛然としないのは 個人へ ではなく

まずは 会社や団体など 大きな組織が 

昼夜 止まらず 様々万物を生産し続けて

いる メーカーや 大規模工場など 

一般家庭と比べものにならない

それらへの 規制や減数を まず行うべきで

なかろうか

 

そして 今も ひとつの プラスティック素材

に関してだけ言っても 破棄分は大量発生し

分別ゴミへ行く物  燃えるゴミへ行く物

様々である  溢れている故もあろうか

最悪 そこら辺の 道に落ちていたり

故意に 指定以外の場所に 捨てたりもあろう

 

例えば それらを 企業側は 減らす努力をし

店舗などは 昔のやり方ではないが

生鮮食品 野菜や果物の パックやビニル

梱包の 個々商品を バラ売りし

買い物客側が 選び 一々 袋やラップを

必要としない 抜本的な 見直しを

すべきでなかろうか

 

たまに購入する 家電品ひとつ取っても

破損しない位まで 中の 梱包類を

極力減らしていくなど

 

行政は まず 消費者側でなく

生産.販売側に 強く 働きかけを

すべきでは なかろうか?

 

今の 捨てても捨てても 減ることのない

ゴミが 物語っており

それを 結果 減らして 終わりでなく

それら相当数の 廃棄品の行き着く所や

焼却するでも かかる手間や エネルギー

廃棄する 有限の土地など

相対的・長期的に 皆が 思案検討すべき

が 本当であり

場面場面だけ うわべだけの 

エコ活動に あぐらをかいていて良い時は 

もうとっくに 過ぎている

と 誰しも 気づき いよいよ

動く時であると思う

 

遅ればせながら ではあるが.  .  .

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